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管理人「とうちゃん」が高校の頃、プロレスブームがありました。
直木賞作家 村松友視氏の「私、プロレスの味方です」が出版され、
新日本プロレスにおいて初代「タイガーマスク」がデビューした頃です。
私はその頃、大学進学を志望していたが、大学に入ったら、
「鳥人間コンテスト」「アメリカ大陸横断ウルトラクイズ」に参加したいという思いがありました。
上の二つはかないませんでしたが、一つかなったことが、「学生プロレス」なのです。
東京の大学際での学生プロレスがテレビ中継されたこともありました。
それに触発されたのでしょう。
今も印象に残っているレスラーは「ジャイアント乳首」さんです。
どちらの大学であったか、どんな試合だったかも覚えていませんが、
このリングネームだけは忘れる事ができません。
私が入学した大学にはプロレス研究会はありませんでした。
私が、友人とサークルを作ろうかと相談している時、昭和59年6月、
当時2回生のH.S氏が中心となり「秋田大学プロレス研究会 AWF」を立ち上げました。
当初参加したレスラーは
「阿仁銅山」「スキンハンセン」「アンドレ・ザ・鹿角」「五城目力」「アンモニア猪木」
そして「レフリー私」他でした。
その年の10月の大学祭で旗揚げ興行開催。
その試合はビデオカメラに納めたのですが、テープがベータ1だったため、
もはや誰も見ることができない (T_T)
その後も活動は続き、卒業後、社会人になってからも、年2度ほど母校へ帰り、
試合を続けていました。
ここでは、その当時の試合を紹介します。
年月が経っているため、マザーテープが劣化してしまい画質が落ちていますがご了承ください。
結婚してからは、試合は全くやっていなかったのですが、
2005年9月、秋田市立美術工芸短大において、復活(?)
身体が重い、重い(泣)。おまけに、手際の悪さからビデオも撮れなかった……
その後とうちゃん、「メタボリックシンドローム」から狭心症を発病。
もう試合はできないかもしれません……。
若かりし頃のノスタルジーに浸っています。